◆知らなかった、障害者の虐殺
2016年1月30日。「ETV特集 それはホロコーストのリハーサルだった」というEテレのドキュメンタリー番組が流れるテレビ画面に、目が釘付けになった。ナチス独裁下のドイツで、ユダヤ人の大虐殺が始まる前、第2次世界大戦の開始とともにまず殺害されていったのは、精神障害者、知的障害者だったというのだ。しかも、そうした事態に陥ったのは、ヒトラーが大統領緊急令の下で手に入れたナチ独裁政権による、ある法律が原因だった。
◆障害者虐殺に至った経緯
背景はこうである。もともと、当時の精神医学界は、ダーウィンの進化論を人間社会に応用し、劣等な遺伝子は淘汰され、優秀な遺伝子こそ残すべきだとする優生学に侵され、障害者や遺伝病者などの安楽死を画策していた。
優秀なアーリア人種による強い民族共同体の維持と増強を夢見ていたヒトラーは、こうした医学会の動向に目を付け、「遺伝病の子孫を予防する法律」(断種法)を制定。そののち、著名な医学者たちを集め、断種法に基づく安楽死作戦(T4作戦)を策定。障害者や恢復困難な病気の患者の大量殺戮が遂行されていったのだ。優秀な遺伝子を残せる、障害者たちを養う予算を別に回せる、という二つの身勝手な理由で、かれらの死は、ドイツ民族にとっての「恵みの死」とされた。
ドイツ精神医学研究所の重鎮エルンスト・デューリンは、「ヒトラーのおかげで30年間私たちが夢見てきた優生思想が実現された」と喜び、医学者たちは全面的に殺戮へと加担していった・・・。
そんなひどい歴史があったとは! 全く知らなかった。不明な自分を恥じた。だから、同じ2016年の夏、相模原市の障害者施設で、元職員による殺傷事件が起こるとは予想だにしていなかった。当時の私は、現代の日本で、ナチ時代のドイツと同じような優生思想に基づく殺戮が起こってしまった現実を、受け止めきれずにいた。
◆虐殺を正当化する「論理」
続報から、障害者施設殺傷事件の被告がヒトラーの思想に傾倒していたのを知った。『我が闘争』を読むと、被告を侵してしまったヒトラーの思考の筋道が浮き彫りになる。何度か記してきたとおり、優秀なアーリア人種から成るドイツ民族共同体を未来永劫維持し、おおきく発展させるのがヒトラーの夢なのだった。だから、アーリア人種に属さない人びとだけでなく、民族共同体の力を増進させる生産活動に寄与できない「欠陥」のある人間も、ヒトラーからみれば排除の対象となってしまう。そして、排除という一見すると「野蛮な措置も、しかし同時代および後世の人びとにとっては祝福である」(※1)。
ヒトラーは、その理由を次のように語る。
「欠陥のある人間が、他の同じように欠陥のある子孫を生殖することを不可能にしてしまおうという要求は、もっとも明晰な理性の要求であり、その要求が計画的に遂行されるならば、それこそ、人類のもっとも人間的な行為を意味する。その要求は幾百万の不幸な人々に不当な苦悩を免れさせるだろうし、そして結果として、一般的な健康増進をもたらすだろう。」(※2)
人間の尊厳を踏みにじる、信じがたい理屈。しかもこんな思想が、相模原殺傷事件により、現代の日本で蘇ってしまったのだ。
◆障害者支援ボランティアの思い出
いまより体重が20キロほど軽かった20代の頃。災害ボランティアだけでなく、障害者の外出支援ボランティアや障害児の水泳教室ボランティアなどにも精を出していた。
水泳教室では、初対面の中学生から、思いっきりボディを喰らった。でも、障害児が暴力をふるうのは、信頼できる相手かどうか確かめるためだという津守真さんの言葉にふれていた私は、前かがみになりながらも、倒れそうなのをグッとこらえ、笑って返した。そうしたら、その後、彼女から殴られることはなく、毎回、水泳にいそしむことができた。このとき、表面的な行為で安直に判断したりせず、相手の真意を知り、たがいに信じあうことの大切さを教えてもらった。
同じ頃、障害者の自立した生活のため、外出を支援するボランティア団体、鹿児島ボランティアネットワーク(現NPO法人かごしまボラネット)でもお手伝いをしていた(※3)。代表の後藤礼治さんは、大学時代のバイク事故で頸椎を損傷し、首から下が動かせない。だから、介助ボランティアの存在は必須となる。何度も一緒に外出するたび、後藤さんの要求が徐々にだけれどわかるようになってきて、体が自然と動く自分がいた。
そういったふれあいから、私は、相手の立場で考えるとはどういうことか、身体的な側面で立場の違う人と一緒に何かをやり遂げる際に大切なことは何かを、教えて頂いた。本当にダメ人間だったのだけれど、そして今でもダメ人間だけれど、すこしはマシな人間になれた。だから、ヒトラーとそれに追随する政治家や医学者たち、そしてかれらの思想に毒された相模原殺傷事件の被告は、なぜ障害者に生きる価値がないと簡単に断定してしまうのだろうかと、悔しくなった。人間性を豊かにしてくれる実践の可能性を、自分から閉ざしてしまっているんじゃないかとも思った。
◆竹内章郎さんの「能力の共同性」
重度の知的障害の娘さんと暮らしている岐阜大学の哲学者、竹内章郎さんは、たとえ重度の知的障害があっても、表現やしぐさで、排せつなどの自然的な欲求も含め、彼女が何をしたいのか、その意図が分かるという。そして、娘さんのやりたいことをともにやり遂げる。ここには、「助ける-助けられる」という上下関係ではない、関係そのもののなかで、あることを一緒に協力して成し遂げる「能力の共同性」がある、と竹内さんはいう。
竹内さんのご指摘は、障害者支援ボランティアを振り返ってみると、なんとなくわかる気がする。私にとって、上記の思い出以外にも、あれは竹内さんのいう「能力の共同性」だったんだな~、と思う出来事がたくさんある。そうしたふれあいから、自分がどれほど成長させてもらったか、計り知れない。
当時のドイツでも、同じように、知的障害者、精神障害者と交流し、能力の共同性からいろいろ学び、自分こそ成長させてもらっていると感じていた人が、誰にだって生きる価値はあるのだと確信していた人が、大勢いたに違いない。ナチスによって、いくら障害者が不要だというプロパガンダの宣伝や映画がシャワーのように浴びせられていたとしても。(明日の(2)に続く)
【注】
(※1)アドフル・ヒトラー著、平野一郎・将積茂訳(1973)『我が闘争(上)Ⅰ民族主義的世界観』角川文庫、332頁。
(※2)同上。
(※3)鹿児島ボラネットのブログURL: http://blog.livedoor.jp/kvn/
【参考文献】
・竹内章郎(2007)『哲学塾 新自由主義の嘘』岩波書店
・竹内章郎・藤谷 秀(2013)『哲学する〈父〉(わたし)たちの語らい ダウン症・自閉症の〈娘〉(あなた)との暮らし』生活思想社
・津守 真(1987)『子どもの世界をどう見るか 行為とその意味』NHKブックス