◆専門家会議の廃止
6月25日木曜日の朝。テレビ朝日の番組『グッドモーニング』を見ていて、びっくりするニュースに遭遇してしまった。新型コロナウイルスを抑え込む対策に、科学的な見地からいろいろ助言を与えてきてくれた専門家会議が、副座長も知らないところで廃止されることになっていた、というニュースである。
24日の専門家会議の記者会見では、脇田隆字座長が、あたかも専門家会議が政策を決定しているような印象を与えていたので、専門家会議と政府の役割分担とを明確にしていく必要がある、今後は「客観性・中立性・誠実性」にもとづいて提言していくと、前向きなお話をされていた。それなのに、そうした会見の最中、記者から西村康則経済再生担当大臣が専門家会議の廃止を発表したと聞かされ、尾身副座長の顔が「えっ!?」と一瞬くもった表情になったのである。
尾身副座長「大臣がそういう発表をされたんですか?」
記者さん「西村大臣が記者会見をして発表したそうなんですが。」
尾身副座長「あそうですか、私はそれは・・・あの~・・・知りませんでした。どういう会議体にするか。政府がいろんなことを考えておられるというのは何となく感じていましたが、どういうことかは我々の役目ではないので、政府にお任せしているので今の話は知りませんでした。」
◆水俣病でもあった、政治による専門家組織の解体
その様子を見ていて、私は心底びっくりした。「ああ、また公害と共通することが起こってしまった」と。水俣病が拡大している最中の1957年にも、同じような出来事があったというのを知っていたから、直感的に驚愕したのである。
旧厚生省の食品衛生部会内におかれた「水俣食中毒特別部会」。「水俣食中毒対策にかんする各省連絡会議」にも代表を送り、水俣病の原因を究明し、対策を練るための専門家研究チームとして発足した。ところが、この部会は、なんと、国への答申を出した翌日に、とつぜん解散されられたのだ。
もちろん、解散させられる事実は鰐淵部会長も知らなかった。
この歴史的な事実を知っていたので、同じようなことが起こってしまったと感じたのだ。
「水俣食中毒特別部会」はどういう経緯で解散させられたのか。とても重要な歴史なので、このいきさつについては、明日のブログで、水俣病熊本訴訟弁護団の弁護士だった千場茂勝さんの著書から抜粋させて頂きたいと思う。
◆停止されて当然というご意見
このブログでたびたびご登場いただいている医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんは、『週刊朝日』の記事で次のように指摘されている。
「法的根拠がないため、権限や責任が不明確でした。だから、3密とか人との接触8割減とか、極めてあいまいな意見に終始しているのです。実際には、東京や大阪の都市部でも接触は4~6割減にとどまりましたが、感染者数は減少に転じています。諸外国はひたすら臨床研究に邁進(まいしん)し、しっかりしたデータに基づいて情報提供しています。新しく作る会議体は法律で定めて、議論内容や科学的根拠を開示するよう義務付けるべきです」(※1)。
このブログでもたびたび指摘してきたように、専門家会議の提言や会見では「?」と思わされる内容が多かった。その意味では、専門家会議は解体されてもおかしくないのかもしれない。
◆耳を疑った座長の言葉
件の24日の会見でも、脇田隆字座長が「現状でも夜の街だけではなくて、リンクが追えない感染者というのが多く東京では見つかってきています」と仰った時は〈お~~~~!〉と内心よろこんだ。一瞬、最近の感染者数の増大を、都知事が夜の街でのクラスターや職場クラスターのせいにしているのに対し、きちんと批判してくれたと感じたからである。でも、脇田座長がそのあと続けた言葉で、そうではなかったんだと、いまだにそんなこと言っているの!?とがっかりしてしまった。
「そういった方々が多く見つかるということは、それだけ見えないクラスター感染というものが存在していることを意味しますので、ここから市中感染に広がっていかないかどうかということは非常に我々も警戒しています。」
市民はとっくに分かっている。市中感染が広がっているらしい、ということを。だから慎重な人は、条件が許す限り満員電車に乗らないし、都心に出ようともしない。それなのに、専門家会議の座長ともあろうお方が、いまだに、クラスター感染にこだわり、市中感染は拡がっていないという見解なんだ・・・。
そもそも、クラスター感染には、感染源となる、症状のないウイルス保持者(もちろんその人には何も罪はない)がいる。その人が移動するとき、いろんな場所に出入りするとき、なぜ、いまだに、ほかの人に感染しないという前提に立っておられるのだろう? 経路不明の感染者が、毎日数十人出ているのに。いまでは、学校の先生にまで広がっているというのに(子どもたちは大丈夫なのだろうか?)(※2)。巨人軍の坂本選手のように、身に覚えがないにもかかわらず、ウイルスへの抗体のある人がたくさん見つかっているというのに。
◆問題含みの新組織
そう思うと、専門家会議はたしかに問題含みだったから、解体する必要はあったのかもしれない。だから、上先生の意見はもっともだと私も思う。そうなのだけれども、新たにできる「新型コロナウイルス感染症対策分科会(仮称)」には、憂慮すべきもっと深刻な問題があるのではないか?と感じてもいる。
そもそもなぜ、経済の再生を担当する大臣が新型コロナウイルス対策を手掌しているのだろう?という国内外からのツッコミはとりあえず置いておくとして、西村康則経済再生担当大臣が示した新たな組織図によると、全閣僚からなる「インフルエンザ等対策関係閣僚会議」がトップに君臨して、その下に「新型インフルエンザ等対策有識者会議」がおかれ、そのもとに枝分かれする形でいくつか置かれる分科会のひとつとして「新型コロナウイルス感染症対策分科会(仮称)」を新たに組織する、というのだ。
このような立ち位置は、政治の思惑ひとつで解散させられてしまった「水俣食中毒特別部会」を彷彿とさせる。そのような立場の組織で、政府から独立した科学的な提言を期待できるのだろうか。
しかも、そのメンバーには、地方自治体の代表、危機管理の専門家、経済界の人も入るのだという。しばしば科学的な知見と真っ向から対立する経済界の代表。科学者ではない地方の政治家。こうした人たちが入ることで、おそらく、どんな利害にもくみしない、純粋な科学的知見による提言は、ますます難しくなるのだろう。しかも、最前線で奮闘していらっしゃる医師や看護師、介護職、訪問看護職といった文言は、あらたにできる組織のメンバーとして挙げられていなかった。それで、第2波、第3波にたいする現場での有効な対策を議論できるのだろうか。
新型コロナウイルスに科学的な提言を行う組織は、独立した立ち位置であるべきだし、科学者(自然科学者+人文社会科学者)・医療従事者・介護従事者に限定すべきだと私は思う。
【注】
(※1)「コロナ専門家会議を廃止 「日本モデル」敗北の責任者」『AERA dot.』2020年7月1日付記事(https://dot.asahi.com/wa/2020063000029.html?page=1)。
(※2)「相次ぐ教師の陽性 小池知事は市中感染拡大も見て見ぬふり」『日刊ゲンダイ』2020年7月1日付記事(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/275312)。